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2006年10月28日 (土)

二宮尊徳(金次郎)。

_073_1 小田原駅には「しょんべん小僧」の隣に、この人「二宮金次郎」もいます。

この人はたぶん日本中の小学校にいますよね。(ほんとに日本中にいるのかは調べてませんが…^^;)
実は小田原出身なんです。この薪を背負い本を読む、仕事しながら勉学に慎むスタイルは有名なはず、その姿から小学生の間では「夜中に運動場を歩き回っている」なんて噂話も出来てしまうんですよね^^

みなさんのお近くにも金次郎さんはいらっしゃいますか?
今日はナゼこのスタイルになったのかを、最近見せてなかった【成長】で紹介してみようかなっと思った次第です。

成長:其の65

二宮金次郎は天明7年(1787年)神奈川県小田原市に生まれ、安政3年1856年に栃木県日光市(旧今市市)で亡くなる。
生まれた頃は裕福でしたが酒匂川の氾濫で田畑を失い、金次郎が14歳の時にお父さんを、16歳の時にお母さんを亡くし叔父さんに預けられるのですが、ある夜に明かりをともして本を読んでいると「お前は誰のおかげで飯を食っているのだ。油がもったいない。」と叔父さん叱られてしまったのです。金次郎は空き地に菜種を植え、出来た菜種と油を交換して本を読むのですが「お前の時間は俺の時間だ。お百姓に学問はいらない」とまた叱られてしまうのです。
いよいよ本を読むことが出来なくなった金次郎が取った手段がこれ、仕事中に槙を背負い歩きながら本を読むと言うスタイルが生まれたのです。

成長:其の66

二宮金次郎が説いた思想に【報徳思想】と言うのもあります。
経済と道徳の融和を唱え、私利私欲に走らず社会貢献に励めばいずれ自分たちに還元されるというもの。
これらを説いて財政・農村復興に励み「二宮尊徳」という武士の称号を得て全国各地で活躍した人物です。

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コメント

>玉井人さん

あらま、
世界大戦時に金次郎さんが
軍事品に変わってしまったとは…
銅像を立てた人の気持や伝えたかったことと
現実のギャップにビックリですよ。
報徳の精神は引き継がれて欲しいですね☆

投稿: hide | 2006年10月29日 (日) 23時18分

いまは野球で有名な「報徳高校」がその教育の伝承を残しているようですね
我が地域では、報徳社跡地に一体あるだけです。
そんなには全国にはないはずですよ。

第二次世界大戦中に大量の銅像が溶かされて鉄砲などの軍事品になったそうですからね

投稿: 玉井人 | 2006年10月29日 (日) 22時23分

>もうぞうさん

そうなんですよ。
小田原は小学校ばかりでなく、
駅やスーパー、GSなどにも
金次郎さんが銅像になって立ってます。
さらに小田原市は今市市(現日光市)と姉妹都市でしたよ。

投稿: hide | 2006年10月29日 (日) 22時06分

そうでしたか?
小田原の・・・
小学校ではお馴染みですね。
当地にもあります。

投稿: もうぞう | 2006年10月29日 (日) 19時42分

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